進むチルド化とフレッシュ化 4


「市販分野への進出もさけて通れない課題としてチャレンジし、一歩一歩、着実に将来づくりにつなげていきたいと考えています。


もうひとつ、将来上場したいと考えており、1年でも2年でもかなうことなら早めたい」


社長に久しぶりに会ったのは、1989年の10月でした。


秘書を通して入ケジュール調整に手間取り、会議のさなかにやっと30分ほど時間をもらったにすぎなかったのです。


寸暇を惜しんで得意先を訪問する社長のスケジュールはまさに過密、そして自らをセールスマンの代表としています。


それがこの会社の強みといえますが、しかし


「大手のサービスカもなかなかのもの、多角化している大手食品企業は、あらゆる手段を使ってサービスしてくるので、それに立ち向かうには全社一丸になるより仕方がない」


・・・と陣頭指揮の理由を説明します。


「いちばん大切なのは危機意識。


危機感がなくなった大会社の社員には、おみこしにぶら下がる人、つまり重荷になる人がいる。


しかし危機感を持つ会社の社員は、大会社の社員の何倍も働くことができる。」


進むチルド化とフレッシュ化 3


「これから協力会社との関係は従来どおり大切にし、さらにあと45工場、トータルで50工場にしたいというのが私の欲であり大きな夢でもあります。


現在当社は750品種の商品を持っていますが、商品の開発能力が最も重要と考えており、力を入れてきました。


昨年1年間で約280点の新商品を開発しました。


現時点では1日一品の開発能力が備わっています。


商品の開発能力はメーカーの大事な使命であると考えており、さらに充実させるつもりです。


また、当社の商品は常温品からスタートしていますが、チルド化、フレッシュ化をすすめています。


当然のことながら海外メーカーとの競合も意識しており、ポテト類、卵製品、パスタ類など・・・


サラダのフレッシュ化をかなり進めているので、この点を重要なポイントとして活用を働きかけていきたい。」

さびに対する防御対策


一般の人は、その努力の結果を、ほとんど認識することなく享受しています。


・・・しかし、どうくふうしても、さびない鉄は原理的にできるはずがないものです。


ステンレス鋼はすぐれた耐食性をもっていますが、原理的にはやっぱりさびます。


さびに対する防御対策は、したがって、終わることのない努力の継続です。


戦いの宿命的な性格なのです。


これは、ロートアイアンなどであっても同じことです。


これが、さびとのさびは大事さびの問題は、地味なようでもたいへんに重要であることを理解していただくのが、もともとここでの目的です。


・・・しかし、初めに、なぜ大事なことなのか、その意味を簡単に述べておくことにしましょう。


進むチルド化とフレッシュ化 2


ここから、ケンコーの猛烈精神が育つ風土が生まれてきます。


もはや社長の信念は、宗教にまで昇華されています。


1987年3月に4工場目(平成元年時点で6工場)の西神戸工業団地(約80万坪)内で、敷地4797坪、鉄筋コンクリートニ階建て延べ面積1223坪の・・・


マヨネーズ、ファッションデリカ、フレッシュサラダ、卵加工品の工場を完成させ、ユーザーおよび問屋関係者約4百名を招待して披露パーティを催しています。


そのとき社長は、つぎのように挨拶しています。


「平素からご理解とお力添えをいただき本日は忙しいなか遠路かけつけていただき、こんなに嬉しいことはない。


(中略)


われわれメーカーにとって工場をつくれることは大きなよろこびで、今年5月に完成する厚木のフードセンターで5工場になります。」

進むチルド化とフレッシュ化


会社を訪問すると、まず「ケンコー精神」の企業理念が目に止まります。


一、我々はきつい仕事をこなし、よりよい生活をし、悔いのない人生を送ります。


一、我々は常に大志を抱き、今日から将来に生きる創業期の集団です。


一、我々は人生をかけて打ち込み、苦楽を共にします。


一、我々は今日も1日、闘志と誠意を持って頑張ります。


この会社は若い集団です。


そのバイタリティを、100パーセント燃焼させようとする社長の意志が、ケンコー精神に表現されています。


当然、落伍者が出ないわけはありません。


・・・陣頭指揮する社長に共感する社員のみが残っているわけです。


過去の残骸 2

そしてその二年後(昭和二十五年)には早くも、公正取引委員会がこれを独占禁止法違反事件として、三重県事件、岡山県事件等を取り上げ、いずれも業界の完敗に終った(昭和二十七年)ことも、さらにその翌年(昭和二十八年)には、親睦団体・教科書懇話会が、堂々と事業者団体・社団法人教科書協会に衣がえしたことも既述の通りである。

さて、第十六章(二二五頁)において触れた、教科書法には"前科"があるので以降に詳述する。

はたして、どのような前科があるのでしょうかね?

四月の魚


いまだになんの理由もなく、4月1日を年始と見なす風習が幾らか残っていて、俗にそれらの人たちを4月年始主義者といっていますが・・・


日本でも地方の旧弊人たちが、頑固に旧暦による古い習慣を守ろうとしているのと同日の談というべきですね。


英国などでも近世期の初頭ごろまでは、なんということなしに4月1日を、ばくぜんとお祭りの日だとかんがえていました。


・・・しかし、いわゆるエープリル・フールの習俗がフランスから英国へ移入されたのは、17世紀より以前のことではなかったのです。


フランスでは、いっぱい食わされる人を四月の魚といいます。


若い魚・・・


すなわち捕らえられやすい魚、ヘマな魚という意味からきたことばですが、魚ということばを用いるのは、もとからまた特殊な意味があったのでした。


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過去の残骸 1

戦争直後にできた法律がまさかここまでずっと残り、いろいろな弊害が出ているケースです。

第十三章の三重県事件は、独占禁止法と教科書臨時措置法の軋櫟が表面きって共体化したものであった。

そして文部省と業界は完敗した。

その結果、彼等は独占禁止法に勝つ法案を作ろう、と企てたとしても不思議はない。

「占領行政の残骸」と業界が"酷評"する、教科書臨時措置法が施行されたのは昭和二十三年である。

そして教科書の供給に関する法的根拠として、この第十条二項に「発行者は教科書を各学校に供給するまで発行の責任を負、うものとする」とあるだけで、これによって発行者に末端の機構(取次供給所)の選定権が与えられている、ことはこれまで述べてきたところで、それ以外の何ものでもない。

いつかやってくる問題 7

妻は親の看病のために急遽一人で旅立つ。

学校のある子らは学期の区切りがつくまで、男の所に残ることになった。

男は単身赴任ならぬ、父子家庭を海外ですることになった。

父親が出張すれば、幼い子らが異国で家を守る。

結局、父の寿命というより、親戚との関係が妻の帰国を早めた。

男は自分の手帳はもちろん、オフィスの机の上にも、家の電話の側にも、実家の電話番号、町医者の電話番号、妹・親戚、そのほか頼りになりそうな人々の電話と名前を大きく紙に書いて賭っておいた。

自分が不在のときでも同僚や子が連絡をとれるようにするためだ。

土曜日の夜、外国人用のマンションの一角からパーティーの笑い声がもれてくる。

妻は玄関を出るとき、男と子たちの前で「わたしがいるから、もう大丈夫よ」と言って、その玄開の電話の上の壁に貼ってあった緊急連絡先の貼り紙を破いた。

「これが長男の嫁になるということか」。

週末、車外は暗い闇で、家々の窓の明かりが通り過ぎる。

たった壁一枚、ほんの数メートル離れただけの家庭が、それぞれ違う悩み、喜びで夜を過ごしている。

男と妻は無言のまま空港に向かっている。


奥さんが結局日本に行ったのですね。

形に拘らずいっぱい食べよう@野菜

実際にはこの目標値にまだまだ足りない人が多いようです。

ちなみに2008年の国民健康・栄養調査では、成人で295.3g/日(うち緑黄色野菜98.4g/日)で、とくに20~40代の働き盛りの年代では野菜が大幅に不足しています。

それを自覚して野菜ジュースや青汁を飲んでいる人も多いようですが、野菜の成分は野菜そのものから摂取するのが一番。

生野菜にこだわらずに、煮たりゆでたり蒸したりして量多く、しかも品数も多く食べることです。

それでも足りないならモリンガやビタミンのサプリを使ってみるのもいいでしょう。

このキーワード、すなわち「品数多く・腹八分目・野菜たっぷり」は、どんな場合でも常に意識して実行されることをおすすめします。